東北大学は、将来的に全ての選抜試験を総合型選抜へ移行する方針を表明しました。主なポイントは以下の3点です。

  • 総合型(AO)選抜入試合格者の方が、一般選抜組よりも入学後のGPA(成績)が高いという実証データ。
  • 筆記試験の点数では測れない「失敗を乗り越える力」や「研究への熱意」を重視していること。
  • 指示を待つ「グライダー型」ではなく、自ら課題を見つける「飛行機型」の人材を確保するための対策として、面接や対話を重視する選抜を拡大しています。

東北大学が掲げた「入試の全数総合型選抜化」は、単なる選抜手法の変更ではなく、日本の高等教育における「優秀さの定義」の再定義を意味しています。
記事内で紹介された外山滋比古氏の「グライダーと飛行機」の比喩は、現代の受験生が直面している課題を痛烈に批判しています。しかし、この変革を受験生がどう捉え、どう行動すべきかについては、大学側の理想論を鵜吞みにせず、戦略的に考える必要があります。

筆記試験を「軽視」していい、という話ではありません

まず注意すべきは、総合型選抜が「学力不問」を意味するわけではないという点です。東北大学の事例でも、共通テストで一定以上の成績を収めることが一次選抜の条件となっており、基礎学力は依然として「土俵に上がるための必須条件」です。
記事にある「一般選抜に再チャレンジして合格する学生が毎年200人以上いる」という事実は、総合型選抜の合格者が、実は一般選抜でも合格できるレベルの「高い学力」と「強い目的意識」を併せ持っていることを示唆しています。受験生は、小論文や面接の対策に走るあまり、基礎学習を疎かにしては本末転倒です。

「失敗のストーリー」を自分の資産にしよう

滝澤副学長が「失敗体験が大事だ」と語っている点は、非常に示唆に富んでいます。多くの受験生は、活動報告書において「いかに成功したか」を誇張しがちですが、大学側が見たいのは「壁にぶつかった時の回復力(レジリエンス)」です。
具体的アクション: 過去の活動を振り返り、「何がうまくいかなかったか」「その時どう考え、どう別のアプローチを試みたか」を棚卸ししてください。単なる「努力した」という感想ではなく、客観的な試行錯誤のプロセスを言語化することが、総合型選抜における最大の防御であり攻撃となります。

なぜその大学に行きたいのか、という意味を問い直そう

記事は、総合型(AO)入試組の成績が良い理由を「入学がゴールではなくスタートになっているから」と分析しています。これは、「東大に行けそうだから東北大にする」といった、偏差値に基づく消去法的な選択が、大学入学後の伸び悩みを招いているという指摘です。
具体的アクション: 受験生は、大学の「名前」や「偏差値」ではなく、その大学の特定の研究室や教育プログラムが、自分の人生の目的とどう接続するかを徹底的にリサーチすべきです。東北大学が面接で緊張をほぐそうとするのは、小手先のテクニックではなく「本音の熱意」を見極めるためです。準備された回答ではなく、自分の言葉で「なぜここで学びたいか」を語れる状態を作ることが不可欠です。

AO化が招く「格差」と「主観性」への懸念の声もあります

一方で、中立的な視点から言えば、全入試の総合型選抜化には懸念もあります。多角的な評価は、往々にして「家庭環境や課外活動の機会の差」が合否に直結しやすく、経済的・地域的な格差を助長するリスクを孕んでいます。また、面接官という「人間」が評価する以上、評価の主観性を完全に排除することは不可能です。
受験生は「大学側が求める理想の学生像」を演じるのではなく、あくまで自分の軸を持ちつつ、客観的な実績(学力、活動、論理的思考力)を積み重ねるバランス感覚が求められます。

まとめ

東北大学のこの方針は、今後他の国立大学にも波及していくでしょう。求められているのは、「課題を解く力」から「課題を見つける力」への転換です。
この波に乗るためには、机上の勉強だけでなく、社会や身の回りの現象に対して「なぜ?」と問いかけ、自ら動く習慣を持つことが、最高の「受験対策」となるはずです。

参考記事:
「AO入試はバカでラクでズルい」は時代遅れ…東北大学が「筆記だけの一般入試をやめる」と宣言した本当の理由
https://president.jp/articles/-/88903